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「わたくしをからかって、楽しんでいるのですね」
綾子は、綺麗な顔に僅かな厳しさを浮かべ、吉臣を見つめる。
そんな事は無い、と言い切れない吉臣は、苦笑するしかなかった。
それから、それ以上の追及を逃れようと、口を開く。
「それよりも、何かありましたか」
吉臣が問うと綾子は、まだ何か言いたそうであったが、それは諦めたようだ。
吉臣を追及しても、微笑みながら謝られるだけだと、綾子にはよく分かっている。
謝られたら、自分の方が居たたまれなくなる。
綾子は今までの経験から、そう考えたのであった。
「いいえ。姿が見えなかったので、どちらにいらっしゃるのかと…」
「心配してくれたのですね」
それに素直に頷いて、綾子は心配そうな顔で吉臣を見つめる。
「そんな顔をしないで下さい。綾子がそんな顔をしていたら、私は悲しくなってしまう」
「それは、わたくしも同じです。今の吉臣殿を見ていたら、悲しくなってしまいます」
「私は、そんな顔をしていますか?」
「いいえ。していないから、悲しいのです」
そう言いながら、綾子は吉臣の手を取った。
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