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名前を呼ばれた気がして、吉臣はゆるりと瞼を持ち上げた。
もちろん、抱き締める綾子の腕はなく、吉臣はただ一人で、変わらず簀子に座っている。
顔をあげても側には誰も居らず、名を呼ばれたのは今の名残だろうかと、首を傾げる。
と、そこに足音が聞こえ、宗定が姿を見せた。
「吉臣様、お客様がいらしているのですが、いかがいたしましょう」
その言葉に、宗定が応対する声が聞こえたのか、と吉臣は薄く笑った。
「今日は物忌みだからと」
「もちろんそのようにお伝えしました。ですが、どうしてもお会いしたいと」
「…その客というのは、兄上か吉成殿じゃないだろうね」
「いえ。女性の声のようでした」
宗定がそう言うと、吉臣にしては珍しく、怪訝そうな顔をした。
どこぞの姫が来たのかと思うが、それは無いとすぐに打ち消す。
用事があるなら、家人を寄越すはずである。
直接来るような真似はしないだろう、と。
「用件は?」
「直接お話ししますと」
「…お連れして」
吉臣はため息を吐き、苦笑しながら宗定にそう指示を出した。
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