三夜目

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「文を取り交わし、夜を共にし…」 女性は、膝に乗せた手を握りしめた。 「なれども、ある時から訪れなくなりました。そして、あの方には、妻がありました」 「…どうやってそれを知ったのですか」 男が喋らなければ、分からないものである。 姫は、頻繁に外出しないのだから。 この女性も同じだろうと、吉臣は考えたわけである。 「わたくしの乳母が、あまりにもわたくしが塞ぎ込んでいるものですから、様子を見に行くと」 「そして、貴女はそれを知り…」 「鬼となりました」 吉臣の言葉を引き継ぎ、女性は言った。 「あまりの哀しみ、辛さ、怨みに」 その時を思い出したのか、女性の顔に剣が宿る。 それでも、それはすぐに悲しみに覆われた。 「…わたくしは、あの方の屋敷へ行き、怨みをはらさんとしましたが」 「出来なかったのですね」 「はい。その喉笛を掻っ切ってしまおうとした時、声が聞こえました。…赤子の」 それでハッとして、屋敷へ逃げ帰った。 後悔し、涙を流した。 それでも鬼である事には変わり無く。 一度鬼になってしまえば、人には戻れない。 「…父はわたくしを匿ってくれていたのですが、先年、亡くなりました」 「良いお父上だったのですね」 「はい。その父が、最期にわたくしに言ったのです。母が亡くなる前に、わたくしに残したものがあると」 「それが、探して欲しいものですね」 吉臣の言葉に、女性は頷いた。 「屋敷を探しても見つからずにいた頃、吉臣様に頼めば良いと、教えていただきました」 「そうですか。では、早速参りましょう」 誰から教えて貰ったかをあえて聞かずに、吉臣は立ち上がる。 女性は瞬きをして、吉臣を見上げた。
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