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「阿紀」
吉臣が呼べば、すぐに傍らに阿紀が現れる。
「この庭の気を、探ってくれるかい?」
阿紀は吉臣の言葉に微笑むと、目を閉じた。
それを、不思議そうに藤の君が見つめる。
「彼女は私の式神です。簡単に言うと精霊のようなもので、自然のものの流れなどを、感じる事が出来るのですよ」
「つまり…?」
「もしも、この庭に自然のもの以外があれば、分かるのですよ」
その吉臣の言葉と同時に、阿紀は目を開けると、奥へ足を進めた。
「どうやら、何かあったようですね」
吉臣は微笑みながら藤の君の手を取り、阿紀の後を追う。
阿紀は小さな池の側で立ち止まると、地面を指差した。
『これに、何やら流れを塞き止めるものが、埋められているようでござりまする』
「分かった。ありがとう」
吉臣が微笑むと、阿紀は頭を下げ、姿を消した。
「こちらを、掘ってもよろしいですか?」
念の為に吉臣が許可を取ると、藤の君は好ましそうに微笑む。
「はい。もちろんでござります」
頷く藤の君に微笑み返し、吉臣はその場所を掘り始める。
しばらくして、吉臣は声をあげた。
「何かありました」
ほどなくして吉臣が土の下から掘り起こしたのは、小さな木製の箱だった。
吉臣は、それを藤の君に手渡す。
受け取った藤の君は、ゆっくりと蓋を開ける。
そして、驚きの声をあげた。
「まぁ…。素敵…」
藤の君が手に取ったのは、牡丹の花が描かれた、象牙の櫛だった。
藤の君は、少しの間それを眺める。
それから底にあった文を取りだし、吉臣が箱を受け取ると、それを開いた。
「…この櫛は、母上が使っていたものだそうです。お祖母様が、唯一賜ったもので、母上が嫁す時に、譲り受けたのだと」
「そうでしたか」
「そして本来ならば、わたくしが結婚する際に、渡すはずだったと…」
そう言った藤の君の目から、涙が溢れる。
鬼となった自分には、もう叶わぬ事。
藤の君がそう思って涙していることが、吉臣にはよく分かった。
顔を覆い、嗚咽を溢す藤の君を、吉臣は優しい瞳で見つめていた。
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