第十九章「昼間のカラオケと不安定な彼女」

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「ねえ……まだ歌うの? もう15曲目だよ」    優香は選曲に夢中の小夜の顔を覗き込んだ。  場所は三幻寺駅から程近いカラオケボックス。本日、学校をさぼった彼女たちは昼間からワインを傾けながら、カラオケに興じていた。  とはいっても歌っているのは小夜のみで、優香はそんな彼女の歌を黙って聞いている、といった感じであった。 「よし、次は懐メロでいこうっ!」  小夜が選曲したのは、松任谷由実の【リフレインが叫んでる】だった。程なくしてイントロが流れると、彼女はソファーから腰を上げ歌いだした。だがサビの辺りで小夜は途端に歌うのを止めてしまう。そしてソファーに腰を下ろすと、ぼんやりとマイクを見つめた。  犯人を前にして彼女が死を覚悟したあの時、最後に浮かんできたのは父ではなく如月の顔だった。小夜はそのことに驚きを覚えると同時に酷く動揺した。  昨日の警察での聴取の間ずっと口をつぐんでいたのは、事件に巻き込まれたショックからではなく、そのことが大きく影響していた。  どうしよう……どうやら錯覚でも依存でもなく、今度は本当に彼のことを好きになってしまったらしい。彼に出会うまで世界は自分と父で出来ていた。他人がどうなろうと一切関係なかった。  だけど彼と一緒にいるうちに、いつしか人の痛みを感じるようになった。昨日、優香を助けようとしたのも、そのことが大きく起因している。
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