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「あっ、感謝といえば私あの人にお礼いってなかった」
「あの人?……ああ、如月君?」
「そう、如月さんっ! あの人、ほんと凄いよね。だってあの頭のおかしい犯人から、あっという間に私たちを助けちゃうんだもん」
「そ、そうね……」
恐らく彼がいなければ、今頃二人とも只では済まなかっただろう。優香のいいぐさじゃないけど、ほんとに大したもんだわ……。小夜は黒縁メガネの不機嫌そうな顔を思い浮かべた。
「ねえ、あの人って彼女とかいるのかなあ?」
「彼女? いない、いない。皆無よ」
「そうなんだ……」
「何よ、もしかして好きになっちゃったの?」
「そういう訳じゃないけど……でもちゃんとお礼はいいたいかな」
「そっか、じゃあ今度セッティングするよ」
「ほんとっ?」
瞳を輝かせながら喜ぶ優香に、小夜はやさしい微笑みで応えた。そしてワイングラスに手を伸ばすと、ボルドー色の液体を静かに見つめた。
父との関係。彼とのこれから。そして自分の気持ち。考えなきゃいけないことは山ほどあった。だけどそのどれもが確かな答えを出す自信はなかった。取りあえず今は何も考えられない……。小夜はそう心の中で呟くと、テーブルの上に置いていたマイクに手を伸ばした。
「はい、休憩は終わり。さあ、二回戦行くわよっ!」
「えっ、まだ歌うの?」
優香の問いかけに彼女は微笑みながら大きく頷いた。
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