第二十八章「息もできない」

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 自首してきた犯人は、近所に住む中学一年生の少年だった。礼儀正しく誰に対しても分け隔てなく優しい。校内でも品行方正を地でいくような優等生だった、と当時の担任はいった。    現に双子たちも少年にとても懐いていたという。近隣住民たちはそんな彼が殺人を犯したことに驚愕した。  被害者の恩田ナツは、少年宅の地下室で発見された。死因は絞殺だった。彼は小さなベットに寝かされ、まるで眠っているようだったという。    一方、保護された恩田ハルは精神的なショックが大きく、発見された当時はまるで抜け殻のような状態だったそうだ。現場に駆け付けた捜査関係者によると、ハルは動かなくなった弟の亡骸を、救助が来るまでの数時間ぼんやりと見つめていたらしい。 「あの状況じゃあ、誰だってああなる……」  捜査関係者の一人が、知り合いの記者に愚痴った。その記者の父親が浜崎と旧知の仲だったため、彼も事件の全貌を知ったそうだ。    中学生の少年が幼児を殺害――マスコミ連中が挙って群がりそうな事件であったが、以外にも彼らの反応は薄かった。その理由の一つに加害者の父親が、各方面のお歴々と太いパイプで繋がっていた為だ。要するに ”出来る限り穏便に” ということだったらしい。  そしてもう一つの理由は時と同じくして、少年数人によるホームレス連続殺人事件が起こっていた。部数を伸ばす記事こそが真実――幼児殺害事件は静かに世間から忘れ去られていった。
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