第一章「運のない彼と雨が似合う彼女」

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 窓から見える空は、相変わらず鉛色の雲に覆われていた。冷房の効いた室内からでも、湿気を含んだ蒸し暑さが容易に想像できる。  時刻は午後1時を少し回ったばかりだというのに、外の街はまるで夕方のように薄暗い。だが梅雨のこの時期には、さして珍しいことでもなかった。    ふと向かいのラブホテルに目を向けると、一組のカップルが出て来るのが見えた。男は濃紺のスーツに、手には茶色のビジネスバックをぶら下げている。   年齢は50代後半といったところだ。ロマンスグレーの髪の毛と年の割に均整のとれた身体つきは、年上好みの女性にしてみればさぞかし魅力的に映るのであろう。    一方、女の方は涼しげな水色のワンピースに白のパンプス。ショートボブのヘアースタイルが、清楚な印象を与えていた。年齢は男よりかなり若い。恐らく20代前半といったところだろう。    男の服装から察するに、今日は休日出勤だろうか? いいや、仕事の合間をぬってラブホテルで密会するほど、彼は若くは見えない。恐らく会社は休みのはずだ。    既婚者の彼は不倫相手に会う為に ”休日くらいはどこかに連れて行ってっ!” と、ねだる妻子に ”今日は仕事だ” と、でも偽って家を出てきたのだろう。  その証拠にどっしりと構えている若い女に比べ、男の方は終始そわそわして、折角のダンディーなルックスが台無しだ。
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