第1章

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 その人物と話すと遠回りして誰かと会うのを嫌がるような思考をしてしまう。そのくせ、こいつのことになると何も思い浮かばない。いや、浮かんでもどこかに消えてしまう。 【もう、あきらめていいんだよ】  気がつくと、下りたい駅に着いていた。 『お下りのお客様は――』と無機質なアナウンスが流れる。乗車ドアが開かれる。僕はそれに気づいてるが、雷が落ちて音があとからやって来るように行動するのが遅れた。僕は「あ、あぁ」と情けない声を出し、ようやく下りた。 【あきらめちゃえば?」】  背中に張り付くようにまた聞こえた。無視したかった。  001  上京して、一人暮らし。  よくあるパターン、どこにでもいる普通。  僕は大学を卒業したものの、ろくな会社に就職できず、四年まで勤めるが退職した。何でだろ、理由は分からない。あ、ろくな会社じゃないからか。……取って付けた言い訳。本当にそれが理由か分からないし。ともかく、今これで重要なのは会社を辞めたってことだ。辞めた。  で、今は警備員をしている。これもまた、ろくな会社では……やめよ。会社を言い訳にして、自分に免罪符を与えている。実際は、何も免れていない。  許されてなんかいない。  僕は、自分で選んだようでいて、実際は何一つ選べていない。 「うわっ、出たぜ」 「おっさんかよ」 「ははっ」  きゃっきゃっ、と声を上げて、自分よりも歳が下なお客様の監視を承る。  心は乾燥。はー、早く家に帰りたいと思いながら、僕は立哨していた。  本来ならここは立つ場所じゃない。今僕が立っているのは家具売り場の一角。そんなとこに立って何してんだって話だが、家具売り場の椅子に座ってたむろってるお客様がいるので、警備員としてはいなきゃいけないのだ。もちろんお客様であるから直接注意はできない。大事なお客様だからだ。だから、僕らができることは店員にそこで立哨してろと言われ、はい承りました、と畑に突ったつカカシのようなことしかできない。  そう、ようするに早く出てけ、でなきゃずっと見張ってるぞをやれってことだ。  お客様は僕の方を見て笑い声を上げる。どうやら、こちらのことを察したらしい。いや、そんな笑われても困る。こっちはボケてるわけじゃないのだ。 「………」
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