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「 . . . 私は」
気のきいた会話をしなきゃと思うのに
「 . . . 単身赴任で東京に来て 5 年になりますが」
口をついたのは
「 . . . こんな風に東京の人に優しくして頂いたのは、初めてです」
そんな愚痴めいた台詞だった。
「でも . . . 」
突拍子もない私の言葉にも、彼女は笑顔で応えた。
「貴方も今は『東京の人』ですよね ? 」
「え ? 」
「私、生まれも育ちも東京なんです。だから地方出身の友達とかに『東京の人は冷たい』って言われるのが、悔しくて悔しくて。東京に住む多くの人達が、その人達と同じ地方から来た人なのになぁって」
そうして、 N ビルの前に着いた。
「ありがとうございました」
頭を下げる私に
「声を掛けて正解でした」
満足げに彼女は言った。
「これで『東京の人は冷たい』なんて思わないでくれますもんね」
互いに会釈を交わし、彼女は去っていく。
レモン色の傘が遠ざかっていくのを眺めながら、
(『東京の人』か…)
その言葉を、何度も頭で反芻した。
いつまでも、部外者のつもりでいたけれど、自分はもう既にこの街の一部なのだ。
小さくなった傘のレモン色が、灰色のビルの間に灯った明かりのようで、荒んだ自分の心も、照らしてくれている気がした。
いつの日かこの街の事を、好きになれるかもしれない。
そう思った。
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