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TOKYO STORY
乗り込んできた男のスーツの、肩の色が変わっている。
どうやら地上は雨になったようだ。
地下鉄に乗っていると当然ながら外は見えなくて、この閉塞感は未だに慣れることができない。 取引先の会社に着くまでに、止んでくれる事を祈る。
あいにく私には、傘がない。
願いも虚しく、目的地の駅で地上へ出ると、空はまだ泣いていた。
雨の中、走っ行ってしまおうか。
いや、大切な資料を手にしている今、それも躊躇われる。
「どちらまでですか ? 」
と、柔らかい声がそばでした。
レモン色の傘を携えた若い女性が、こちらを見ている。
まさかこの中年男に話しかけてきるわけがないと周りを窺うが、彼女が話しかけている対象となる人物は見当たらない。
どうやら私に、声を掛けてくれているようだ。
「 . . . え、あ、あの N ビルまでなんですが」
「同じ方向ですね」
彼女は傘を開くと
「どうぞ」
当然の様に私へさしかけてきた。
歳の頃は、地元の大学に通うウチの娘と変わらない位だろうか? どこかの企業の制服姿の彼女の好意を、無下にしたら失礼に当たるだろうと
「はぁ、どうも」
必要以上にペコペコしながら、傘に入らせてもらった。
「こういう雨が、一番濡れちゃうんですよねぇ」
霧雨降る空を見上げ、周知の間柄の様に話し掛けてくれる彼女に、たまに会っても会話どころか目さえ合わさない我が子を重ね、いたたまれなくなる。
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