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それから、お互い何も喋る事はなかった。
高級車の椅子は、クッションが柔ら過ぎず身体に沿うような丁度いい弾力性がある。クッションに体を沈め、肩の力を抜く。
今思うとお互い趣味が合う訳でもなく、話すこと言えば世間話ぐらいしかない、それか無言を突き通すか。
楽しい会話というものを一度たりともしたことがない。
昔のように会話が無用な外で遊び回るのは、理由がどうあろうと嫌である。
相手も嫌だと思う。
かといって会話をして欲しい訳ではない。それ程この人と静かに居る事は、落ち着けるし苦痛だとは思ったことがないからだ。
喋ってる方が無慈悲な暴力を振るわれるので、静かな方が平和である。
静かに走る車。やる事がない車内、頭も考える事がない。
頭を空っぽにした時は、眠る時だ。隣に丁度いい頭置きがあったので、そっちに体を傾ける。
「人の肩を使うな。」
仕方ない、隣にいるから仕方ない。
頭を帝の肩に乗せ、目を瞑る。何時もなら、この朝の時間帯は電車に揺られて寝ている。
車だろうと、電車だろうと、場所が変わっても、体が睡眠が欲しいと言っているから仕方ない。
「いいでしょ先輩。俺に好かれた特権ですよ。」
「そんな特権いるか。どけ。」
「そんな事言わないでくださいよ。乙女心が傷付きますよ。」
「誰が乙女だ。おい、寝るな。」
外の音、車の音、落ち着いた低い声、聞こえていた音全てが遠くなっていく。
その後、まだ文句を言っていた気がする。眠気に誘われて覚えていない。
彼の言葉を聞き入れず。夢の中か現実か分からない境目には入り込んだ時には、深く深く眠っていた。
「ずっと側にいて欲しかった。なんて言うと、きっとお前は笑うだろうね。」
夢の中で幼い帝は、満面な笑顔でそう呟いた。
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