番外編 祭りの日

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お腹が空けば焼きそば、暇になればスーパーボールすくい、歩くのが疲れれば地面に座る、少女は思うがままに突き進む。可愛い裾をひらひらと羽ばたかせるたびに俺のお金と心はすり減っていく。 祭りに来てから数時間、一気に歳をとったのではないかと思うほどに老け込んだ。歩くのも重い。 少女がなぜ迷子になってしまったのか、よく分かる。帝は相変わらず後ろでニコニコと笑い、俺が振り回される姿にご満悦のようだ。 疲れた。流石にわがままに付き合ってられなくて、後半からはそっと帝にパスしたが。 「ママ!パパ!」 大声で叫んではアンズは振り返る。指されたそこには男女の大人二人が立っていた。男と女は目を見開いて驚いた顔、そして女の方は大きな丸い黒い目と艶やかな黒髪、アンズと顔がよく似ていた。 アンズを肩車をしていた帝は下ろす。 「あんず!」 女は駆け足でアンズの方に向かうと抱きついた。 「もう、心配した。でもなにより無事で良かった。」 「ママ、ごめんなさい」 もう絶対に離さないとギュと母親はアンズを抱き上げる。 ママとパパが見つかったようだ。解放されると思うだけで浮き足立った。 俺達に気がついた母親は深々とお辞儀をして感謝の言葉を述べる。 「ありがとうございます。杏を見ててくださってたのですね。」 「いえいえ、見つかって良かったです。」 本当に見つかって良かったと思う。 後ろから父親も到着して三人仲良く家族が揃うと、父親は心配しんたんだよと優しい手つきでアンズの頭を撫でる。 「本当にどこに行っていたんだ?……あんず」 「……?」 「ありがとう、君たち二人には感謝しきれないほどだ。本当にありがとう。」 「いえ……」 背筋が真っ直ぐな父親も母親と同じように感謝するが、一瞬だけほんの一瞬だけ時間が止まったように父親と目があった気がした。『杏』俺をその名前で呼んだ気がして、心が騒ぐ。 いや、気のせいか。 やっと出会えた、涙をためる母親は再びアンズを向き合うと、母親は違和感に気がついたのか。上から下までじっくりとアンズを見渡し。 「あれ、どうしたの風船にスーパーボールに?口元に青のり?」 「えへへ、いいでしょう」 「えっ!まさか。」 「お兄ちゃん達が遊んでくれたの」 みるみる母親の顔は青ざめていく。 「ごっごめんなさい!」 「あっいいですよ。僕たちが勝手にやった事ですし」 「いやでも、お金だけでも。」 「いいですよ。あんずちゃんの笑顔がお代ですから」 すみません、すみませんと、次は謝罪で頭を下げる親達。子供を育てるのは大変だなと達観しながら、このアンズと離れられることが何よりのお代だ。 早く連れて帰って欲しい。 お代とアンズはニコッと笑う、母親はコラッと鼻を少しだけ摘んで咎めた。 「杏、ありがとうは」 「弟切とみかどお兄ちゃん、ありがとう!」 「どうも」 嗚呼と帝は静かに頷いた。 俺は差し出された両手いっぱいのアンズの手を包むと、ニヒヒと悪い笑みを浮かべるアンズ。将来楽しみだな。 「じぁねー弟切とみかどお兄ちゃん!」 バイバイと手を振るアンズ、礼を再びする母親を見送る。 「おとぎり……いい名前だね。」 「はい?」 なんですか、そう思わず口を開きそうになった。 「パパはやーく!」 「わかった、今行くから」 それを口にする前に急かされた父親はよく分からない言葉を言い残して去っていった。 さらりとして手つきで、去り際に指先で髪撫でられた。とかれた数本の髪が顔に当たる、その瞬間ゾワリと突き抜けるように背中が唸った。 「なんだあれ」 「しっ知りませんよ」 帝が嫉妬を含ませた低い声で尋ねられたが、俺かって知らない。今日会ったんだ。 知らないばすだ。あの時に触られた髪が氷のように冷たい気がした。 迷子の子猫ちゃんはこの時を持って解決した。 「確かに、問題は解決しましたけど……もう無理です。」 次は花火を観に行こうとなった。しかし、すっかり忘れていた約束を無造作に掘り起こしてきた男、帝はあの場所に行こうと言った。あの場所とは、山に建っている神社のことだ。帝と行って約束したあの場所は残念ながら、変わらず長い石の階段を上がらなければならない。 下を見ればワイワイと祭りを賑わう声が聞こえ、上を見ればただ火の灯りがついた虚空が見える。 「足先が千切れて、もう歩けません。」 おてんば少女の連れ回しに、動きにくい浴衣、そして鼻緒で削れた足は限界だった。上を見上げるとまだ階段が半分くらいあるだろう、というところで俺の足は命が尽きてしまった。 人がいないことを良いことに俺は階段に座り込んだ。先に上がっていた帝が足を止めて顔をしかめるので、血豆ができた足を上げて見せつける。 「いやです、動けないです。」 「子供みたいに拗ねるなよ。」 「拗ねてないです。」 早速さと降りてきた帝は、俺と向き合うと指で髪の毛を解かした。フワリと漂う甘くて濃厚な香りが今は鬱陶しいと思うのは、心が前向きになれないからだろう。 「あそこでみなくても花火くらい下で観れますよ。」 「そうだな。」 「貴方の祭りに来たことを真実にする、その目的は達成してますし、私はもういいでしょう」 「そうだな。」 「だから……」 「おねがします、今日だけはわがままきいてください」 甘い声、昔のような誠実で気弱な装いは、寒気と驚きでビクッと跳ねる。夏なのに寒くなった俺はギリギリと油が切れた機械のように重く回すと、気が引けるほど綺麗な顔が写っていた。しかし地獄の窯のように不機嫌だ。 「……っこわ」 「やっと向いたか、行くぞ立て。」 「可哀想なことに、足が痛くて」 「お前が約束したんだ。足が千切れようが責任取りやがれ。」 「鬼ですか。わがまま今日だけじゃなくて、毎日でしょ」 鬼は俺の脇に腕を挟んで無理矢理立たせて階段に誘う、ではなく力づくで強制連行させる。 「痛い、やだ」 「じゃ、選べ。抱っこか、手を繋ぐか」 「……裾がいいです」 帝はフッと鼻で笑うと俺の手を離し、背中を向けた。抵抗しても無理だと悟った俺は、大人しく帝のシャツに捕まる。綺麗な服に沢山の汚れとしわ作ってやると意気込みながら。 「貴方も浴衣で苦しめば良かったんですよ。」 「それが、いやだからな。」 この怒りをどこにぶつけたらいいのか。 怒れる気力が無くなってきた俺はその後無言で足を動かし、ただ階段を上り続けた。帝は帝で無愛想な事を言いつつも、何度か振り返っては俺の様子を伺いスピードを合わせてきていた。 そんなところが 「嫌い」 「知ってる」 「貴方の父親が知ったら、転げ回りますね。こんなこと。」 「転ぶだけならいいんだがな」 息が上がった俺は抵抗として帝の背中にグリグリと頭を押しつけた。 長い階段を越えた先にには、紅く怪しく火を灯す神社。静寂で風の音が良く聞こえる。確か前はここに出店がずらりと並んでいたが、いつからか分からないがもうなかった。沢山の人であふれていた夏の夜は、一人としておらず忽然と消えていた。 本当は出店がある時に来たかったのだが、二人だけなの静かな空間も今は悪くないと思える。 「ここからは俺が案内しますよ」 そう言って次は俺が帝を案内をする。けれど神社の奥だとは覚えているが、それからどう進めばいいかのなんて覚えてない。 「大丈夫かよ。」 「残念ながらたどり着けるかはお楽しみということで」 山で遭難はやめろよと、前は絶対にしない人を疑う帝の目に思わずクスリと笑いがこみ上げる。たどり着ける道、そんなもの昔からないのだから。 林の奥、ゆっくりと道なき道を二人で歩く。電灯の変わりは携帯の明かり、暗く見えない伸びきった青々しい草木を照らす。 凸凹とした足元には慣れている俺は下駄でも軽く歩くが、帝は不愉快そうに歩き靴だという動きもぎこちなかった。 「こんなところ、よく来てたな。」 「当時は家に居ても暇でしたので、暇を潰すのがここしかなかったです。先輩は訊かなくても、引きこもりだったのでしょう。」 「勉強に塾だ。引きこもってない。」 「部屋から出てない気がしますが気のせいですか」 「出たかったが部屋から出れないんだ」 「お察ししますよ。」 あのどこからどう見ても完璧主義の父親なら、当時のひ弱な帝を閉じ込めるのは納得ができる。 「お前はここをずっと一人で来てたのか」 「そうですよ、よかったですね。誰かと一緒に花火をみるのは先輩が初めてですよ。今日がはじめて」 「うぜ」 何気ない会話を楽しみつつ。 そして、木々で見えない夜空からヒュルヒュルと空気を抜くような音が聞こえれば、次は爆発した大きな音が響く。 微かに見える隙間に目を細めて覗くと、色とりどりの火花が見える。どうやら宛てなく歩いた行先は合っていたらしい。 「先輩こっちです。」 そして林を抜ければ開けた場所に移り、そこには満点の星空が広がっていた。 星々にみとられつつも、下から打ち上げられた花火が大きな花を咲かす。火花はキラキラと光を反射して空を彩る。 なにものも遮らないここで観る花火は昔と何も変わらずやはり綺麗だった。 「ああ、確かに綺麗だな」 いつの間にか横に立っていた帝は花火に圧倒されたようにじっと空を見上げていた。そうでしょ、そんな単純なこと言えるほどの暇も口も俺にもなくて空に見惚れた。 「先輩にとっては高校最後の夏ですね」 「そうなるな、来年も見たかったが。」 ここで見るは花火は最後になるだろう、この人は来年遠いところの大学を受験して、そしたら、社会人になって、結婚して、いつかは俺のこと忘れるだろう。 悲しいことではない、何もなかったように本当に忘れる訳ではないのだから。 花火みたいにそこで咲いたのを帝は覚えてくれるだろう、綺麗とは言えないが色鮮やかで小さく片隅で覚えていてくれるだろう。 やっぱりそう思うと花火は綺麗だと、手を掲げらばまた届くのだろうか。 手を広げて上に上に上げて空に伸ばそうとした。 すると突然ぎゅと暖かく大きな手の平に包まれた。 崖の先には行かせないよう、進む事を拒むように帝は強く手を繋いだ。 「落ちるなよ」 「ええ、堕ちませんよ。貴方がいる限りは」 自分が一番欲しかったのは空でも、過去でも未来でもない、ここにいる帝だ。 キラキラとした憧れの平凡な日常なんかより、貴方が欲しかったのか。 こんなにも簡単なことだった。なんだ、そうか。 「もう離しませんから」 矛盾の中で俺は指先を深くもう一度絡めた。

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