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もちろん、それ以降に彼女をみかけることがあっても声をかけることなどできないでいた。
僕がしてきたことは、彼女がバスで読んでいた文庫のタイトルを盗み見て同じ本を探して自分も読んでみたり、鞄に書いてあるイニシャルから名前を想像するくらいだった。僕もバスで本を読むようになり、おかげで今では彼女が当時愛読していた夏目漱石だけでなく、同時期の作家である森鴎外など多くの文学作品に手を出して眼鏡の図書館通いになってしまった。
近付きたい、対等になりたい、そう思っていた。
危機感を覚えたときもあった。彼女はすでに受験生だったのを失念していた。そう、四月からは彼女を見られなくなってしまうのだ。
それに気付いたのは、三月末の春休み。悔しさに泣いた。何故、何もしなかったのか。彼女と同じ本を読んでどうなるというのか。ただ趣味が一つ増えただけだ。
僕に彼女がどこの高校へ進んだかなど知るよしもない。彼女と一度言葉を交わしてみたかった。その細く、白い手に触れてみたかった。春休みは泣いて、泣いて、泣きはらしていた。
気持ちもそぞろに新学年の時期。初日は雨、と良い日か悪い日かよくわからなかった。そう、僕が受験生になったときの話だ。頭が良いわけでもなかったので、あまり真剣に受験を考えたこともなかった。
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