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季節外れの真夏日のため、桧村(ひむら)裕二(ゆうじ)は歩きながらネクタイを緩めていた。眼鏡をはずして額の汗をぬぐう。ゴールデンウィークが明けると同時に気温が一気に上昇した気がする。すれ違う人々は手に手に、うちわを扇子をハンカチを持ち、思い思いに仰いでいる。かく言う裕二もスーツを小脇に抱え、今はワイシャツだけだ。皆、暑さにやられているのだ。
だというのに、裕二の隣を歩く少女はまるでそんな素振りを見せない。本人曰く、まだ薄着するほどでもないらしい。だからと言って、吸光性の高そうな黒が素材の、手首まで覆う長い袖をした、体積の大きそうなドレスは、見ている裕二が辛かった。肩にかけたネコの顔をしたポーチが水色なのが唯一の涼だ。
都心から電車とバスを乗り継いだ郊外の道を、若いサラリーマンと黒ゴスの少女が並んで歩く光景は、どう見えているのか裕二はふと気になった。見たままならタレントとマネージャー、あるいは兄妹だろうか。少なくとも上司と部下の関係には見えないだろう。
視界の端にコンビニエンスストアの水色の看板が見えたところで、裕二は同行者に提案をした。
「ユキ、そこで飲み物買っていかないか?」
脇腹に軽い正拳が返ってくる。
腕時計に目を落として、先方の家への到着予定時刻を考える。待ち合わせ時刻の十五分前といったところか。待つには十分余裕のある時間だが、何が遅れる原因となるかわからない以上安全とも言えない時間なのも確かだ。時間に余裕がなくなるのは一事業主にしてみれば、あまり好ましくないことなのだろう。
拳の意味を否定ととらえ、裕二は傍らの少女を見やる。
前職を退職後、転職先が決まらずに苦しんでいた裕二の部屋を彼女――ユキが尋ねてきたのはつい二週間前の事だ。腰まで届く長い髪に、名前通り(かどうかは知らないが)の雪原のような白い肌。小中学生のような体躯ながら、凛とした相貌は多くの人生経験を物語っていた。
「……貴方…………視せられるって本当?」
開口一番そう訊ねたユキは、さらに言葉を続けた。
「……私の…………手伝いをして……ほしい」
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