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11cm
私が電車に乗車し、側面に取り付けられたシートに着席すると、向かいの席の女性が生姜を食べ始めた。
つい今しがた掘り起こしてきたばかりのような、所々泥のついた、ごつごつとした自然のままの生姜だ。
それをばりぼりと、苦しそうな表情で食べている。
私の常識が間違っているのかもしれないが、その光景は異常なのではないかと思い、他の乗客を見回してみたが、誰一人として彼女の方を見てはいなかった。
視線を前に戻すと、件の彼女と目が合ってしまった。
ばりぼりと音を立てながら、彼女は私に歩み寄り、私の耳元まで口を寄せると、発車ベルに掻き消されそうな声で囁いた。
「だってしょうがないじゃない」
そのまま彼女は、電車の揺れをものともせずに、ドアをスライドさせて、隣の車両へと入っていった。
次の日、私が電車に乗車し、側面に取り付けられたシートに着席すると、向かいの席の女性が生の牛肉を食べ始めた。
つい今しがたスーパーマーケットで買ってきたかのような、薄くスライスされた赤身の多い肉だ。
もちゃもちゃという音を立てながら、彼女は私に歩み寄り、私の耳元まで口を寄せると、発車ベルに掻き消されそうな声で囁いた。
「だってしかたないじゃない」
そのまま彼女は、電車の揺れをものともせずに、ドアをスライドさせて、隣の車両へと入っていった。
次の日、私が電車に乗車し、側面に取り付けられたシートに着席すると、向かいの席の女性がそわそわし始めた。
ハイヒールの音を立てながら、彼女は私に歩み寄り、私の腕を掴むと、指先から食べ始めた。
袖を捲り肘の手前まで噛み千切った辺りで、彼女はいったん食事をやめると、口を大きく開けて叫んだ。
「この人痴漢です!!」
私はすぐに、他の乗客達に取り押さえられ、次の駅で降ろされた。
駅員が女性に尋ねる。
「どうされましたか?」
「この人が、私の口を触ったんです。
ほら……」
女性が、私の人差し指をぺっと吐き出す。
その後間もなく、私は失血により絶命した。
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