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『いいじゃねぇかよ。どうせまだ水汲んじゃいねぇんだし。年上には優しくしろよなぁ』
恨めしそうにコチラを見上げながらも、どこか愉快そうな声音の彼を睨みつける。そんな僕の反応に、男は『おーっ、怖ぇ怖ぇ』とケラケラ笑った。
『そんな怖い顔すんなって。大好きなおばあちゃんに心配されちゃうぞー』
「っ、やめろっ」
シワの寄っている僕の眉間に触れようとしてくる彼の手を、思わず持っていたジョウロで叩き落とそうとする。が、ジョウロはきれいに彼の手をすり抜けていった。
しまった、と思うが時すでに遅し。そのまま勢いよく振られた手は止まることなく振られ、ジョウロの先をガツンっ! と盛大な音を立てさせながら窓にぶつけた。
「ミズキちゃーん? どうかしたのー?」
開けっ放しの窓の奥から聞こえてきた声に、ギクリと肩をすくめる。
慌てて「なんでもなーいっ」と室内に叫び返しながら、先程まで男がいた所を見ると、そこにはすでに男の姿はなかった。
代わりに、コロリと転がる、赤い花をつけた小さなサボテンの姿がそこにはあった。
「…………チッ」
思わず飛び出た舌打ちに反応するかのように、コロコロとサボテンが土をこぼしながらベランダの上を転がって行く。
今は聞こえない筈の男の笑い声が、セミの声と共に僕の耳にこだました気がした。
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