14人が本棚に入れています
本棚に追加
/85ページ
【その夜】
石造りの暖炉の中、パチリと音を立てて薪が爆ぜ、揺らめく炎の勢いが俄に増した。
降りしきる雨に打たれ続けて、冷えきった躰を暖炉で温めながら麻理亜は、静かに燃える炎をじっと見つめていた。
ソフィアの死により贖罪の道は永遠に閉ざされた。
なのに、その原因を作った自分はのうのうと生きていて、それが許せなくて仕方ないのに、それをどうする事も出来ないのが死ぬ程辛い。
なら、死ねばいい。
既に死の恐怖など戦場に捨ててきたし、その方法なら幾らでも知ってるし、つい最近まで殺戮天使と呼ばれてもいたのに…
何故、自分を終わらせる事が出来ないのだと、麻理亜はぐっと拳を握り締めた。
爪が皮膚を裂き、流れ落ちた血が床に小さく広がって行く。
「この程度じゃない。私が歩んで来た血塗られた日々は…」
そう呟いた麻理亜の絶望に濡れた瞳に、激烈な光が浮かび上がる。
かつて戦場に立つ前、ゲイリーが贈ってくれた言葉がある。
《後は戦場で学べ。
殺し殺される現実。命の儚さと強さ。希望と絶望の意味。
そして…生きろ。己の魂を守り抜き、誰かを護る力となる為に》
その言葉があったからこそ、その想いを貫き通したからこそ、紛争地域や内戦地域の惨状を知って尚、正気を保てたのではないのか?
だからこそ、守り切れなかった命を魂に刻んで生きて来たのではないのか?
弱者が駆逐される現実への怒り。
戦いを強いられる現実への悲しみ。
この手が。この躰が。どれだけ血塗られようとも決して失わなかった信念は、結局のところ紛い物にすぎなかったのか?
「違う…絶対に」
ソフィアを死に追いやった事実は、自分が死ぬまで消えないし、永遠に自分を苛み続けるのかも知れない。
だがそれでも生き続けなければならない。
失われた多くの命の為に。
握り締めた拳の間から、流れ出る血の感触を噛み締めつつ、揺らめく炎を見つめ続ける麻理亜の意識は、再び戦場へと還って行った。
最初のコメントを投稿しよう!