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恵美は今、どんな表情をしているのだろう。自分の顔は恥ずかしさと緊張でひどいことになっていると思うけれど、隣で簡単に眠ってしまう恵美はどうなのだろうか。確かめてみたかったけれど、そのときの奏太には恵美の表情を見るすべがなかった。
仕方なく奏太は目を閉じて、とにかく自分の体を揺らさないことと駅名を聞き洩らさないことだけに集中した。
*
二ヶ所目の博物館へ向かう途中、地下鉄を降りたところで隣を歩く恵美が不思議そうに顔を見上げてきた。
「今日はいつもより、楽しそうだね」
「そうかな? どんなところがそう見える?」
「ぼんやりとした目、かな。今じゃなくて、過去を見てる目。何か思い出してた?」
「正解。良く分かったね」
「起きてるときは、そうくんの顔ばかり見てるから」
そう言ってほほ笑む恵美の顔は、とても綺麗だった。
恵美のアパートで一緒に生活するようになって、もう二年が過ぎた。大学にいた頃は違う講義で離れることもあったけれど、確かに卒業してからの一年は、恵美が起きている間はずっとそばにいた。だからと言って、表情だけですべてを見透かされるのはちょっと困ってしまうけれど。
「何を思い出してたの?」
恵美は思い出した内容が気になったようで、さらに聞いてくる。
「恵美と初めて仕事に出かけた日のこと」
「あの日のことか……。そうくんは、あの日を楽しめたんだね」
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