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地下鉄に乗る理由
午前四時。まだ暗い闇に包まれる時間に、三枝奏太はいつも通り目を覚ました。ゆっくりと瞼を開けると、霞む視界に部屋の様子が映る。
普段なら二人掛けのソファーで横になって寝ている遠間恵美は、すでに起きて窓辺のロッキングチェアに腰かけていた。椅子をゆらゆらとゆったり揺らしながら、窓の外を眺めているようだ。
「おはよう」
少しかすれた声で奏太が声をかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。長い黒髪が揺れ、深い藍色の瞳がのぞく。とはいえ、こんな暗い部屋では瞳の色までは分からないけれど。
「おはよう。今日は博物館に行きたい」
「わかった」
この時間に恵美が起きている。それはつまり仕事に出かけるということだ。だから奏太は、当たり前に頷く。
「どんなところがいい?」
「江戸時代くらいのことが分かるところ、かな」
「朝食は?」
「外で取りましょう。でも、紅茶だけ飲みたい」
「わかった。準備するから、寝てていいよ」
「うん。ありがと」
奏太が立ち上がると、恵美はまた窓の外へと顔を戻した。けれどもう、きっと景色は見ていないだろう。
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