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「お昼にするよー」
台所のほうから夏帆の呼ぶ声がして、僕と渚は玄関へ向かう。
渚は楽しそうに鼻歌を歌っている。
聞いたことがある曲だ。
何だったかと、思いを巡らせて――結論に至り、思わず渚を引き留めた。
「渚、その歌……どこで聞いた?」
「うーんとね、初めから知ってるよ!」
無邪気に言う渚に、それ以上問い詰めることはできなかった。
しかしさっきの歌を渚が知っているはずがない。
あれは僕の故郷の校歌だ。
夏帆が知っているはずもないし、僕は教えていない。
……もしかしてこれも、汐音が……?
さすがに何でも汐音のおかげと思いすぎかもしれないが、そう考えてしまう。
何とも言えぬ気持ちを抱いたまま、夏帆の元へと向かった。
――その日、すっかり夜の帳が下りた頃。
僕ら三人はいつものように、川の字になって寝ていた。
夏帆と渚の寝息が聞こえ始めてもう大分経つが、僕は寝付けないでいた。
いくつもの疑問が湧くせいで、当分睡魔には襲われないだろう。
渚はどうして、汐音に似ているのだろうか?
渚はどうして、あの歌を知っているのだろうか?
……汐音はあのとき、本当に僕らに子を授けてくれたのだろうか?
もしかして、汐音は――一つの仮説が頭に浮かんだが、それはすぐにかき消された。
……あの歌が聞こえる。
虫の声もしない夜の静寂の中で、渚が小さく歌っていた。
「渚? どうした?」
枕もとの小さい明かりを点ける。
渚は夏帆のほうを向いていて、顔が見えない。
起き上がって覗き込むと――渚は泣いていた。
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