【小さな親切】

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{1} 今、俺は… 地下鉄に乗って、吊革に掴まり車内で揺られていた。 時刻は、午前8時を少し回ったあたり。 まさに通勤ラッシュの時間帯だけあって、車内はギュウギュウのすし詰め状態だ。 乗客達は、皆一様に朝から疲れた表情や険しい表情を見せていた。 ここから数駅行った所に、 街の中心部に位置する『〇〇駅』が有る。 その駅で乗客のほとんどが一斉に降車するのだが、 それまでは各駅ごとに次々と人が乗り込んで来る。 乗客の数は、その『〇〇駅』に到着するまでは、増える一方だ。 と… 「イタタ…」 不意に俺は、左膝に痛みを感じた。 顔を歪めて膝の『古傷』に手を伸ばす。 時々、猛烈に痛む時が有るのだ。 (まあ…いつも、すぐにおさまるのだが) 予想通り、膝を軽く撫でると、痛みはすぐにおさまった。 ふと… 周りを見ると… 乗客達は、そんな俺には全く興味を示さない様子で、 地下鉄の暗い窓をぼぉーっと見詰めていたり、食い入る様にスマホ画面を凝視したりしている。 「まあ、いつもの風景ではあるよな…」 俺は、何とはなしに意味不明のため息をついた。 俺は… 幼い時に両親を事故で亡くしてから、ずっと独りで生きてきた…つもりだ。 周囲の人間達は、いつも俺に対して酷く冷たい態度で接して来た…と、思う。 だから、俺は… 『人の優しさ』には、 人一倍『飢えている』のかもしれない…。 「…ところで…」 と、何となく俺は吊革に掴まりながら、ぼんやりと頭の中に考え事を巡らせた。 「今、俺が乗っている、この『地下鉄』っていう名称…。これって『略語』だよな…」 恐らく… 正式名称は、さしずめ『地下鉄道』もしくは『地下を走る鉄道』といった所だろうか。 でも今時、『地下鉄道』なんて言葉を使うヤツは、いないよな…。 例えば、『今日は「地下鉄道」に乗って街へ行く』と聞いても、ピンと来ないのではないだろうか。 (もしかしたら、『地下鉄道』と聞いて『地下鉄』とは別の乗り物を連想してしまうかもしれない…) まあ、 同じ乗り物なら『JR(ジェイアール)』を『Japan・Railways(ジャパン・レイルウエィズ)』と呼ぶヤツもいないよな。 そりゃあ、 『Japan・Railways』だなんて、あまりにも長ったらしいから略語の『JR』の方が一般的になったんだろうけど。
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