甘い蜜と午後3時

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彼の顔は、見たことないくらい耳まで真っ赤になっていて、緊張感もビシバシと伝わってくるほどだった。 「えっ、あの、ほら、あのー」 ヤバい。この空気耐えられない。俺の顔まで熱くなる。 顔を背けながら咳払いして、無理矢理「冗談だよ」と言う。 のと同時に彼も「わかった」と言った。 声がかぶって、お互いに次の言葉に窮する。 「やめよう、この話は」 また無理矢理絞り出す。 「またパン作るからさ、粉余ってるし」 後片付けをし始めると、強引に誤魔化した空気が少し柔和になったのを感じた。 「ああ、そうだな」 とは言いながら、彼は何かを決意したような顔をしている。 やめてくれよ、と内心ハラハラしていた。 宙ぶらりんな気持ちの今強烈に求められたら、戸板1枚の状態の理性があっという間にぶち抜かれて、彼を求めてしまうと思う。 冷静に考えたい、なんてカッコいいこと思ったけど、正直そうでもして押さえつけないと、すっかりこの場の雰囲気にのまれて芽生えてしまった恋心みたいなものを、抑えられそうになかったんだ。 あんまり人と群れなくて、夜型で、マイペースで、適当に酒飲んで適当に女引っ掛けて。 今まで必死で作り上げてきた、いつ死んでもいい適当な生き方を否定して、心の底から彼の存在を求めてしまうことを、少し怖いと思った。
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