甘い蜜と午後3時

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彼は俺を裏切らないだろう。 一緒に過ごしてきて、真面目で気さくな人柄をたくさん見てきた。俺なんかに構ってくれるのが勿体無いくらいの人格者だと思う。 心の傷のことも含めてまっすぐに俺と向き合ってくれるし、本当に大事に思ってくれているし、大切に扱ってくれている。 そして、深く愛してくれている。俺自身が自分のことを愛してこなかった分まで、愛してくれているんじゃないかと思うほどに。 同性愛だバイセクシャルだって線引きしても、結局、俺自身は「彼」という1人の人間のことを想っている。それは認めざるを得ない。 その事実に素直に目を向けること、それがうまく出来ない。 彼の相手が、俺でいい自信がない。 だから、ルーチンワークで冷静さを取り戻そうと思ったのに、それより先に求められたら、根っこから彼に取り込まれてしまいそうだ。 (好きだって言いたくなる) あんたのことが好きだよって。 多分、言った途端に全ての歯車が回りだす。 動き出したものを受け止める自信がなくて。 まだ言えない。 冷蔵庫の中に食材とともに想いをしまい込んで、気持ちを切り替え振り返る。 彼はカウンターから立ち上がって「よし!」と鼻息を荒くしていた。 「何、どしたの?」 「いや、のんびりしていたが、お前からの頼まれものを後回しにしていたからな」 「頼まれもの?」 すっっっかり忘れてたけど、そういえば頼んでいた。 「恩人のためのネックレスさ!」 ニカッといい笑顔で笑っている。
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