甘い蜜と午後3時

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「なんでっ」 尋ねたけど、いいからとしか言わない。 「頼む、目を閉じてくれ」 穏やかな声で言われると、逆らう気にもなれなくて、ギュッと目を閉じた。 怖い気持ちとは裏腹に、海風は暖かくて優しい。少し体の力を抜くと、彼が「そうだ、リラックスして」とより穏やかに言った。 階段を降りたような上下振動も含めて、どのくらい歩いたのかわからない。ぴたりと彼は立ち止まった。 「着いたぜ!」 いつものご機嫌な様子だった。 「目、開けていいのか?」 一旦聞かないと悪い気がして聞いてみれば、もちろんさ!とまたご機嫌な様子で答える。 「びっくりするぜ」 戯けてるし。なんだかよくわからないまま目を開けた。 目の前に現れたのは、ピンク色と水色と黄色が混じり合ったとろけるような空と、その色を完璧に写し取った海、穏やかな波打ち際の真ん中に据えられた椅子とテーブル、ワインの瓶とグラスだった。 「……すげぇ」 初めてここに来た時みたいに、あんぐりと口を開けた。 こんな景色見たことない。 どこが水平線なのかわからない。夕焼けにも見えるけど朝焼けにも見える。穏やかな潮風だけが聞こえる。 絵画の中みたいで、そこに自分がいることすら信じられないほどの美しい風景だった。 「来たことなかったよな、俺のプライベートビーチ。ここから見る夕日、綺麗だろ? 一仕事終わったら一緒にワイン飲もうと思って、用意させたんだ」 いつの間に。もちろんサプライズだからわからないようにやってくれたんだろうけど、それにしたってなんだこのシチュエーションは。映画の中みたいだ。
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