甘い蜜と午後3時

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「まぁ、嫌いじゃないよ」 ふっと笑って受け取る。ビール瓶も空いたところだ。 グラスを受け取り乾杯する。深くて優しい甘さが、ビール味だった口腔内に染みていく。 「あー、いいねぇ、美味い」 夜の滑らかな空気感を、もっと艶やかに演出してくれる。 「だろ。ブランデー醸造所から直接買ってるのさ、ここのブランデーが好きでな」 「へぇ。また高いとこ?」 「高いかどうかはわからないが、欧州の田舎町の醸造所なんだ」 「へぇ」 そんなとこの酒飲んだこともない。 ゆっくりと味わうと、体が熱くなってきた。 「手首、よかったな」 唐突に彼が言う。一度軽く聞き直してから、理解して「あ、うん」とだけ返した。 「お前自身の心の強さがあったから、乗り越えられたんだ。自信を持てよ、トラウマの克服なんて、そんな簡単なことじゃないぜ」 「まだ完全に克服したかどうかはわからないけどね」 「まぁな、専門家に掛かったわけでもないからな。でも、大きな一歩には違いないさ」 そしていい笑顔で笑う。 彼がいなかったら、俺はまだ手首に爆弾を抱えていたのは間違いないだろう。ずっと怯えて苦しんで、何度もあの日に引き戻されていたのかもしれない。 「多分、大丈夫だと思う。本当にあんたのおかげだよ」 手首見つめながら言うと、その手を取られてキスされた。
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