片隅

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 電車が出た後のしんと静まり返ったホーム。少しの間立ち止まっていたが、やがてとぼとぼと歩き出す。いつもの通り遠回りする駅裏の改札へ向かった。歩いていると、自分一人だけが取り残された世界、なんていうありきたりな妄想が浮かんだ。そのベタさに少し苦笑してしまったが、背中も少し寒くなった。が、構わないことにする。妄想は妄想に過ぎないからだ。  階段を上がる途中、少し振り返ってみた。かなり下の方にホームが見える。吸い込まれそうな静かさだ。なんだかさっきの妄想も冗談に聞こえない気がしてきたが。しかし気を取り直して再度階段を上り始めた。  改札を抜ける。やはり人の気配がない。駅員くらいいてもよさそうなものだが、無人改札機が音を立てただけですぐに無音になる。右へ行くとすぐ駅裏への出口、左は駅正面へ伸びる連絡通路だ。右方向を一瞥して、左へ曲がり正面出口へ向かう。  だらだらと長い通路を進んでいく。一直線だからずっと遠くまで見通せる。前方には何も見えなかった。しばらく進んで振り返ってみる。もちろん誰もいなかった。  歩きながら想像していた。誰もいない街、虚ろな灯、有るはずのものが無いという静寂。無論ただの妄想だ、妄想なのだが。  気づくと走り出していた。広いとはいえない連絡通路の中に、自分の駆ける足音と息づかいだけが響いている。自分が今どんな表情をしているのか分からない。不安だろうか、それとも期待なのか。分からなかった。ただ確かめたかった。確かめる必要がある。  息を切らして通路を駆け抜け、駅正面の出入り口に着いた。今は夜中、外は真っ暗だ。人の気配は無い。  一瞬、視界の端に何かが見えた気がした。反射的にそちらに目をやり、次いでその場で足が固まってしまった。壁際の片隅にさっきの黒猫がいた。こちらを見ている。緑色の目。今度は夢ではなさそうだった。しかし動くことができない。ただ黒猫を見つめていた。
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