愚者

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愚者

「ミサイルが発射されると、地下鉄が止まるのは地上から逃げてきたひとを轢き殺さないためなんだって」 柴田さんがそう言ったのは、まさしく電車が停止したときだった。ミサイルは発射されたからじゃなく、単純に停まる駅だったからだ。僕たちは地下鉄に乗っていた。  そして僕はその言葉に、間延びした「うん」を返した。一応面白い返しをしようと試みたあとだったので、唸ったようなみっともない返事だった。残念ながら僕は、そういう大人の事情は知らないし興味もなかったのだ。ただ、もうすぐ高校生であるし、そういうことを知らずまた興味を持たないというのも何となく格好がつかないのもわかった。だから僕がこの後さらに、 「そうだったのか。案外、考えられてるんだね」 などと言葉を重ねたのは、何てことはない、そういう色気心ゆえで、何の意味もなかった。  柴田さんが、僕を見上げ、うんとうなずく。僕の心は三つに分かれる。感触が悪くなかったことへの安堵と、どうかこの話を広げてくれるな、という思い、そして、伏せられた睫毛に見惚れる気持ち。ぐるぐる混ざりあうと、結局睫毛に軍配が上がる。逆アーチ状で、いつか見たフランス人形のようだ。     
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