2章 夢想と現実

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『お待たせいたしました。 地下鉄列車思い出線をご利用いただきまして、ありがとうございます』 心地のいい揺れの中に混じるノイズ。 古ぼけたアナウンスはひび割れて聞き取りにくい。 そのざらついた音が意識を浮上させ、ゆっくりと目を覚ました。 ――ここは… 見渡しても誰もいない列車の中。 不自然に不安だけが煽られ、一両先の列車を覗く。 けれどそこも、無人。 どうして自分はここにいるのか、どこへ行こうとしているのか。 考えるよりも早く鳴り響く掠れた誰かの声。 酷い音割れに飲まれて聞き取りにくいその声はどこかで聞いたことがあるような気がした。 『この電車は、29番、18番、記憶方面、6番行きです。 次は、29番、29番です』 女性か男性かも分からないアナウンスはその意味までもが不明で、ここが普通の地下鉄ではないことをまざまざと物語る。 聞き慣れているような、けれど思い出せないその声は、まるで。 何人もの声という声をぐちゃぐちゃに混ぜて発しているように、不自然に不気味な音を響かせる。 古ぼけてところどころ錆びれた車内。 赤茶けた硬いシートに切れた革の装飾。 時折甲高く耳を刺す轍の悲鳴。 時代錯誤も甚だしいレトロ感溢れるこの列車は、不思議なことに居心地がいい。 地下鉄列車思い出線。 聞き覚えのない名称の列車が、記憶の彼方に打ち捨てた思い出を、引き摺り出す。  
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