第一章 ~押し込み発車~

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そしてこの通り、思い切り忙しなく駆けてくる。この人のポメラニアン脱走事件はもはや日常風景、頻発するランダムイベントだった。 で、よく私達、帰路につく大学生の前でポメラニアンは止まった。 私も何回か捕まえている。そして今日記録更新。下寺星夜という名前は大学の数少ない友達から聞いて、星夜さんは神有月彩女という名前を、以前私の口から聞いていた。 一年生の帰宅途中に出くわして以来。もう、三年の付き合いになる。 いや、三年の顔見知り、といった方が正しいかな。 「ごめんなさいねぇ、彩女ちゃん」 星夜さんは、そう言ってニッコリと笑いかけてきた。白い肌に玉のような汗が浮かんでいる。 日常茶飯事といってもいいほどの出来事だし、星夜さんが自分で汗を拭くだろうなってことも、私には分かる。だから、静かに座った。ポメラニアンの頭を撫でる。 名前は確か、シロくんというらしい。 「急に駆け出しちゃうんだから。彩女ちゃんがいてくれてよかったわぁ」 「いえいえ」 当のポメラニアンは、私に呑気にじゃれついてくる。 何かしら、このシロくんを捕まえる手伝いができた気はしないけど。強いていうなら囮みたいなやつだろうか。 このシロくんも毎回逃げたなんて実感はないんじゃないかと思う。思うがままに駆け出して、そして止まるだけだ。星夜さんがそれを「逃げた」と認識して、追っかけて来て、そうして手伝ってもない私達に礼を言う。
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