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「とりあえずは大丈夫でしょう。あなたもしかし奇遇ですね。なかなか遭わない、遭いたくても遭えないものに遭ってしまわれたのですから」
その人は見た目と裏腹に、すごく丁寧な口調で私の不運を賞賛する。
この法治国家においても残虐な事件は後を絶たないんだけど。でも、誰かに殺されるような目に遭うか遭わないかでいえば後者の方が圧倒的に多いだろう。私の後ろに無遠慮に佇んでいる建物にも大勢の人がいて、私の命の危険なんか無関係に過ごし、大半というか殆どが銃や刃物を突きつけられる事なく生涯を終えてゆく。
私はこの不運を通り魔、と思った。そして事象、言葉が持つ意味的に間違っていないと判断する。
そうだ。ともかくお礼を言わないといけない。
「ありがとうございます」
上半身を折りたたむようにして、私は目の前の男性に感謝の言葉を述べた。
「気にしないで」
そう言って、男の人が笑う。薄笑い、じゃなくて厚笑いと表現したい。チャラそうな外見とは
また裏腹に、老人が浮かべそうな貫禄ある笑顔をその人は作った。
何というかギャップがすごい。
私は何故か、戸惑いを越えて冷静だった。本来人は、同じくらいの重量がありそうな人体をあそこまで飛ばせるのだろうか。そんな問いよりも「跳ね飛ばした」という事実を見、「跳ね飛ばしたんだ」と納得していた。信じられないが嘘ではなく、そしてそれをあっさり理解に加える自分の神経。二十二年越しの発見と言えそうだ。
「これが、私の仕事ですから」
男の人は言って、私に一歩近づいてくる。
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