序章 

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序章 

 もはや手の施しようがないほど、娘は深い傷を負っていた。彼をかばい、身代わりとなって受けた傷だった。  ──ごめんなさい……浅葱(あさぎ)。わたくしには父を止められなかった。  彼は娘を腕に抱き、なす術もなく血の気の失せた顔を見つめる。  ──でも、どうか信じて。あなたはわたくしの愛しい者。この命より大切な……。  かすかに微笑み、想いを伝えると、娘は静かに瞼を閉じた。  ──(ゆい)姫!  呼びかけても返事はなく、彼は冷たくなっていく娘を抱きしめ、吼えるように慟哭した。  苦い後悔が彼を(さいな)む。  出会ってはいけなかった。人間と関わってはいけなかったのだ。母が今わの際に言い残したように。  失ってしまった存在はあまりにも大きすぎて。自分の中で何かが弾け、音を立てて壊れた。  未来永劫──許さぬ、と彼は誓った。自分から愛する者を奪った、あの男を。あの男に連なるすべての者を。  淡い青みがかった瞳が妖しく輝き、周囲には憎悪のこもった「気」が満ちる。  彼は人ではなかった。額には二本の角。豊かに波打つ銀色の髪を持つ、美しい鬼だった。
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