第一章 花嫁

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 桜花は吐息をひとつこぼすと、再び藤音に思いをはせた。 「藤音さまはわたしにはお心を開いてくださらなかった。この国の者など信用できない。話し相手などいらぬと一蹴されてしまったわ。隼人さまにも頼まれていたし、お力になりたかったけれど……」  さっきまで笑っていた伊織も真面目な面持ちになって、考えこむ。 「ここ数日、隼人さまのご様子が沈んでおられたのも、そのためか」 「きっとそうだと思うわ。わたしね、藤音さまにお目通りする前に、隼人さまに花を渡すように頼まれたの」 「花?」 「ええ。この春の最後の八重桜の枝。でも、口には出さなかったけど、どうしてわたしに託したのか不思議だった。隼人さまがご自分でお渡しになった方が、藤音さまも喜ばれるでしょうに。今になってようやく理由がわかったわ」 「もうしばらく時間がたてば、藤音さまのお心も変わっていくかもしれんが……」  伊織の楽観的な意見に、桜花は沈黙するだけだ。  心を閉ざしたままの花嫁。  そんな花嫁に対してどうしていいかわからず、とまどうばかりの夫。  二人の間に横たわる溝を、本当に時が解決してくれるだろうか。  桜花は人の心の機微に鋭い娘だった。時として相手の想いがじかに伝わってくるのだ。  あの時、自分にむけられた敵意ともいえる感情の奥に、深い哀しみと絶望が隠されているのを、わずかにではあるが感じとっていた。  藤音の心は、幼子が助けを求めて泣いているかのように切なかった。
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