第三章 求婚

23/23
367人が本棚に入れています
本棚に追加
/198ページ
 自分はどうしたいのか、自分でもよくわからない。  ただひとつわかったのは、いつまでも今のままではいられないということだ。  共に育ち、役目は違っても共に九条家に仕え、幼なじみとして三人で過ごしてきたけれど。  この先、いずれは和臣も伊織も妻を迎え、別々の生活を営んでいくだろう。  ――伊織も?  伊織のかたわらに誰か、自分の知らない娘が寄り添っている。想像しただけで、ずきりと胸が痛み、やるせない想いが桜花を包みこむ。  こんな時、母さまが生きていてくれたら……。  桜花はそう考えずにはいられなかった。  もし母がそばにいてくれたら、女同士として細やかな心うちまで相談できただろうに。  でも所詮はかなわぬ願いだった。  どう生きるのか、桜花はひとり自分だけで決めなければならない。  夜が深まるにつれ、外は風が強くなっていく。  波音に混じり、ごうっと吹きすさぶ風の音は、まるで鬼の()き声のように聞こえる。  なぜだろう。岩の中の鬼の声はとても恐ろしいのに、どこか哀切な響きがこめられている気がする。  眠れぬ夜。桜花はまんじりともせず、その音を耳にしていた。
/198ページ

最初のコメントを投稿しよう!