第二章 遠海(とおみ)

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第二章 遠海(とおみ)

 春が過ぎ、長雨の季節も終わったその年の夏は、ことのほか暑かった。  草薙は海に面し、比較的過ごしやすい気候なのだが、それでも城では年かさの重臣たちの何人かは体調を崩したほどである。  うだるような暑さの中、藤音の乳母である如月は困り果てていた。 「藤音さま、お願いでございますから、少しはお食事を召し上がってくださいまし」  ここのところ藤音はすっかり食欲がない。如月がどんなにすすめても、ほとんど料理に箸をつけず、ただ気だるげに床についている。  ぼんやりと天井を見上げ、視線を床の間に移すと、花器に無造作に立葵(たちあおい)が活けてあるのが眼に入る。  燃えるように鮮やかな赤の花を幾つも咲かせ、天に向かってすっくと立っている。 「あの花は?」  枕もとで団扇(うちわ)をあおぎ、藤音に風を送っていた如月がつまらなそうに答えやる。 「あれは殿から届けられたものですよ。捨てるわけにもいかないので飾ってありますが」 「きれいね……」  八重桜や躑躅(つつじ)、紫陽花、立葵。隼人からは折にふれて花が届けられる。その心づかいが少しばかりうれしくて、そして辛い。
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