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唯一、特異なものとして、しかし広く大陸中に知られている月女神(レリナルディ)信仰は、満月の夜に死を恐れず高原野へ出て祈る女性や子どもなど弱者には、すべての人界の掟や法則から解放された「まったき自由と無窮の力」が与えられる…と説く。
ザグの村で戦士としての修業を積み弱者を護るための旅をくりかえすうちに、アマラーサは月女神の教えに魅かれた。《谷》の守護者である義務を捨て、《闇に輝く者》レリナルディそのひとに拝跪したのは二年ほどまえ。人を超え、《仙》と呼ばれる無限の力を得ると同時に、彼女と許婚者を結びつける絆もまた消滅した。
無言の行動に傷ついたのはトゥードである。出会った時から美貌の少女の恋していたし、力強い女戦士をまた無二の親友とも考えていたのだ。ザグの村では有数の使い手と誉を得る彼も、《仙》剣士が相手ではもはや敵すべくもない。動揺を顔には出さずただ修業も怠りがちに無為な日々をおくる。
そんなトゥードの夢枕に故郷の大河の守護精霊である《スゥエンナ・ラー》が立つ。
「なぜ俺に?」と驚く彼に、筆頭剣士であったアマラーサはもはや月女神に属するゆえ、当代の《谷》の献納戦士は彼一人であると云い、救いを求める。いわく、魔なる者に略取され、今は《谷》から遠く南の極寒荒野に囚われてあると…。
…このままでは《谷》は水の守護を失い、旱魃のままに滅びる。…
聞いた彼は翌朝一番にザグの邑長に出立の意を告げに行き、居合わせたアマラーサは当然のように同行を申し出る。
「おまえにその義務はない」断るトゥードに、
「義務はないが、同行する自由はあるぞ?」
なにしろ私は「まったき自由」を保証された月女仙だからな…♪
と豪快に笑う元・婚約者の人智を超えた美貌に、鬱屈した想いを隠したまま同意せざるをえないトゥード…
二人は密林を踏み越え、山河を渡り、数ヶ月の時をかけて共に南の極寒荒野を目指す。
途中、大陸中の「水と泥」にまつわる数々の異変を目にしながら…
ようやくに白光蛇と名乗る新来の異界の神の陰謀から、水精スウェンナ・ラーを奪い返し、帰路につく二人。
けれど二人の本当の旅は、そこから始まったのだった…。
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