ホンとにほしかったもののお話。

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 俺は店内の隅にあるレジを見た。どこかに行っているらしく、そこにいる筈の店主の姿はなかった。  絶好のチャンスだった。俺は店内にある本棚を隅から隅まで物色し、そこから何冊か目星い物を抜き取った。思わぬ報酬に、俺は鼻歌を歌いたい気分をなんとか抑えながら、本達を鞄に詰め、店を後にしようとした。  が、そこで予期せぬ事態が起きた。グイッと、誰かに俺の鞄を引っ張られたのだ。思わず驚きの声が出た。反動で後ろに倒れそうになるのをなんとか堪え、俺は振り向いた。  それは一人の少女だった。  大体十歳かそこらの子供で、身長は俺の腰ぐらい。肩ぐらいまでの黒い髪はボサボサでごわごわしており、着ている服は長い間着っぱなしなのかよれよれで糸がほつれていたりもした。服も髪も顔も腕も、至るところが土で汚れていた。そんな少女の右手が、俺の鞄を掴んでいた。  俺は苦虫を噛み潰したような思いを胸中で渦巻かせながら、少女を追い払おうとした。食べ物か金を乞うているのだろう。同情をしないわけではない。ただ、それを分けてやるだけの余裕が俺にはなかっただけという話である。  俺は少女の手を振りほどく為に鞄を振り回した。が、どれだけ必死に振り回しても離れない。その予想外の力の強さに驚きながらも、なんとかして振り解こうと必死になった。 しかし少女の手は外れなかった。それどころか、最悪なことにブチリッという音と共に鞄が壊れてしまった。  ドサドサと、私物と盗難品が地面に転がって行った。その光景に、ポカンと口を開けて間抜け面をしていると、辺りに男のものと思われる怒号が響き渡った。その方向を見てみれば、あの古本屋の奥の部屋から一人の男――多分、店主であろう――が出てきて此方を見ていた。正確には、俺と少女の周りに散らばる本達を、だけども。  心の中で、ゲッ、という声があがった。慌ててその場から逃げ出そうとする。荷物を拾っている余裕などなく、とにかく手よりも足を動かさなければいけなかった。
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