本屋のせがれ

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 あるとき、高野瀬が泥にまみれた本を持ちクラスに入ってきたことがあった。  登校中に水溜まりへ落としたそうだが、「お前は歩きながら本を読んでいたのか?」と問えば、「待っていたら立っている場所が悪かったのか、人とぶつかって本が水溜まりにダイブした」という。  お前それは、『彼女を待っていたとかじゃないだろうな?』なんて思ったが聞いたりしてやらない。気持ち的にも奈落にダイブしていきそうだし。  万が一『彼女を待ってた』なんて言われたら、俺は悔しさのあまり膝から崩れ落ちて、しばらく立ち直れなくなる……かもしれないだろう?  後でわかることだとしても、それは今じゃない。  今は黒く染め上がりそうな心の洗濯ついでに、その泥で汚れた本の洗浄もしてやろうと思う。  「その本、なんとかなるのか?」と高野瀬が聞いてくるのに対し俺は「なんとかなるかもわからないから洗ってみよう」と言った。  廊下の脇に備え付けられている手洗い場で、泥を落としていく。俺の手元を覗き込むようにして眺めてきた。俺は「邪魔だから、少し離れていろよ」と両腕が塞がっているので、肩口でそいつを押し返した。
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