本屋のせがれ

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「やぁ、何をしているの?」  くるくるしたくせ毛の男子生徒が手洗い場の横に並ぶようにして話しかけてきた。宇佐見(うさみ)馨(かおる)という可愛い系なアイドル顔をしているが、腹の中は真っ黒だと俺は知っている。  この前女子の間で人気のある男子は誰だ!という話をしているときに、さりげなく話に割って入り他の男子のよい所を言いつらね、気がつけば女子の人気を独り占めしていたという、恐ろしい営業トークを披露した悪魔である。  俺からしてみれば、自分のアピールなど、どこであろうとできる気がまったくしない。 「見てわかるだろ?本の汚れを落としているんだ」  宇佐見が、「なんか文字が薄くなってない?」というので、蛇口からジャバジャバと出ている水を慌てて止めた。  元から泥水でびしょ濡れだった本は、表紙の色を取り戻してはいたものの、ページを捲る以前の問題だった。水分を含み固まった紙は、もはや鈍器と化している。  そもそも本のカバーすらなかったけどな。 「「「………………。」」」  なんだろう、この居たたまれない居心地の悪さは。  人助けのつもりが失敗してお節介にクラスチェンジしたような?それとも、親切心から道を譲ろうとしたら、お互いが譲り合って結局、衝突しちゃうような?  微妙な空気の中、あの高野瀬が微妙な雰囲気を破壊する一言を召喚した。 「ありがとう。」  ありがとう…?
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