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英次に、綺麗って……言ってもらえた。
あんなに綺麗な人ばっかに囲まれてる英次に綺麗って? 言われた、よな。マジで? 俺が?
湯上りで曇った鏡を手で拭いて、そこに写る自分を前のめりになって観察した。綺麗……か? 綺麗だったら、いいな。そしたらさ、万が一にも……もしかしたら、さ、好きになってくれるかもしんねぇじゃん。ノンケだって、別に絶対に男はダメってわけじゃない、かもしれないし。
「な、なぁ、英次―、あの……風呂」
わざと、髪をあんま拭かずに出てみた。わからないけどさ、色気とかそんなん自分が持ってるとは思えないけど、でも、よくあるじゃんか。ドラマとか映画とかで、そういういつもとは違う自分見せたら、相手がクラッとくる的なやつ。
自分の長い前髪からポタポタと落っこちる湯の雫を見つけて、指で毛先をつまみながら、拙いながらにも考えた作戦について、胸の内だけで言い訳をする。
雫がまだ毛先に残ってるくらいの感じで、そしたら、英次によくガキって言われる俺でも色気みたいなものをなんとなくでも出せるかな、って。
「英次?」
そう思ったのに。
「っんだよ。また、いねぇし」
風呂から上がったら、また、英次が消えてた。今度は俺が渡した鍵を持って、コンビニに行ったのか、それとも別のとこなのか。
置手紙をするほどまめじゃないのはわかるけど、でも、なんか、二日連続風呂上りに消えられると、ちょっと切ない。狭い部屋に甥だろうと、男と一緒にずっといるのはノンケの英次にとってはあんま楽しくないのかな、息抜きしたくなるのかな、って、考えてへこむ。ぺしゃん、って胸んとこがなる。
「……連絡くらいしろ。バカ英次」
ひとつ文句を零した時、英次が使ってたソファのとこに見つけたTシャツ。
これ、英次がさっきまで来てたやつだ。着替えて出かけたのか? 飲みに、とか? でも、そしたらいくら英次でも連絡のひとつくらい寄越すよな。でも、スマホには何も来てない。着信もメッセージもない。
「どこ行ってんだよ」
手に取ってた。取る、だろ。だって、好きな人が着てた服とか、絶対に、ちょっと、さ。
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