1 人生最悪の日

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 そう落ち込んでばかりもいられないだろ。俺は生きてるんだから。腹は空くし、眠くもなる。嘆いてばかりはいられない。ちゃんと食って、ちゃんと寝て、立ち直る。いつかは。  扉を開けると大きな背中が振り返ることもなく不機嫌な声でそう呟く。 「なんだ? ……あと三十分で出てく。あとのことは新社長にお伺いを立てろよ」  両親も、祖父母もいないけど、俺は天涯孤独じゃない。人生最悪な日もあれば、人生最高の日もある。絶対に実らないだろう恋が、実ることも、あるかもしれない。 「まだ他に用でも……んだ、凪(なぎ)かよ。どうした?」  どうした、じゃない。人生、何が起こるかわからないんだ。突然、社長の椅子から引きずり下ろされることもあるかもしれない。 「また、背伸びたか?」  恋が実ることだって。 「もう、ボケでも始まったんじゃねぇの? 前に会ったの二週間前。その十四日の間にそこまで背伸びねぇよ。成長期じゃあるまいし」  俺の絶対に実ることのない恋だってさ。わからないだろ。 「成長期の高校生にしか見えねぇ凪が悪い」 「なんだそれ。もう十九だよ……それより大丈夫なのか。ニュースになってた。だから」  眉間に深い皺を寄せて、不機嫌極まりないって表情だけで充分すぎるほど物語ってる。長い髪はいつもカッコよく後ろに流す感じのセットにしてるのに、今日は荷造りっていうか、部屋の片づけをしてるから、少し乱れてた。きっと、その胸のうちはもっと乱れてるよな。 「あのくそったれ新社長がこれ見よがしのドヤ顔してたか?」  社長らしからぬ発言と舌打ちをして、また邪魔そうに前髪をかきあげた。  大学の講義の合間にスマホを覗いたら飛び込んできたニュース。芸能プロダクションアステリの社長交代。経営不振が原因ってなっていた。  午後の講義をほっぽりだした俺がいる、このオフィスが、そのアステリ。そして、交代させられる社長が、今、目の前で眉間にものすごい皺を刻んで不機嫌きわまりない表情をしている、英次。
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