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前編
深い森の中で一人の娘が早歩きで道なき道を進んでいく。ブレザーの制服に手裏剣という風変わりな姿の少女がいた。緊張感を漂わせている瞳は奥二重で芯の強さを思わせる。
風下に身を潜めて、両目、首、額に狙いを定めた。
「飛苦無」
4ヵ所同時に手裏剣を放った。鈍い音がして絶命したのを観察するが、すぐ獲物には駆け寄らない。
周囲に仲間がいないか、新たな敵がいないか、注意深く見張ってから近付いていった。
慌てず素早く、皮を剥ぎ部位ごとにさばいていく。必要な部位は食料になるし、角は高く売れる。
「浄化」
自身と周囲の血の匂いを消して浄化した。
今、仕留めたのは魔獣だ。魔獣とはこの世界にいる獣のこと。空を飛ぶもの、地を駆けるもの、川で泳ぐもの等、様々な種類の獣がいて、魔力を有する獣を魔獣という。
魔獣は必ず魔石を体内に秘めている。生を終えると大地に還る前に拾えれば魔石は角や目よりも数倍の価値がある。
魔石をポケットにしまうと、更に森の奥へと歩みを向けた。
【Infinity~インフィニティ~】
ここは魔法が存在する世界。
文明科学の進歩が遅い。電気の変わりに魔力や魔石を使って、日常生活に取り入れている異世界に来た事実は衝撃だったが、今の暮らしが気に入っていた。
わたしは野原福子。実際は福子と書いて“さちこ”と読むが、敢えて“ふくこ”と名乗ることにしている。気軽に本名を使わずニックネームで呼ぶ習性があるので利用しているだけだ。フルネームは信頼のおける人にしか伝えないという。
「明るいうちに帰らなきゃ」
漸く目印の大樹と家の屋根が見えてきた。門限までに間に合ったようだ。
「ただいま戻りました」
「おかえり、福子」
出迎えた男性は艶やかな緑髪に深い紫の瞳が高貴な光を帯びている。思わず魅入ってしまう美男で、名を竜樹という。見た目は20代前半だが、かなり年上だと推測している。
福子は約半年前まで平凡な高校2年生だった。校外学習の実行委員会のメンバーで、早朝に通学した際、突風に煽られて校内の古池に落ちたところまでは記憶にある。
目覚めたら、最古の森にある竜樹の家の前に倒れていたんだっけ。
泥だらけの制服にずぶ濡れだったわたしに、手を差し伸べてくれた恩人故に、一緒に暮らしている彼を“師匠”と呼んでいる。
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