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翌朝。畑の水やりをしてから、師匠と体力維持と向上のトレーニングを行う。師匠は「鍛練」と呼び、毎日の習慣にするよう一から教えてくれたが、ほぼ体力維持で精一杯だ。
師匠が様子見しながら鍛えてくれる。半年が経過して、チェックしながら手直しされる時期になっていた。
手裏剣は始めの構えと角度が重要な武器。体に染み込ませることが実戦に成果が出る。地道に「壱の型」から「百の型」まで順番に行っていく。
始めに様々な武器の特性を習った。刀や剣、槍や弓等手に持ってみても、幾つか型をしてみても、しっくりこなかった。
武器が手裏剣になったのは、軽くて小さいので戦闘に不慣れな自分に扱いやすく手入れもしやすいのと、非力故に他の武器は不向きだと悟ったからだ。
蒼銀製の手裏剣は、小刀タイプ“飛苦無”と、ブーメランのように曲線型タイプの2種類を使い分けている。
普段は8本装備している上にスペアも8本用意してあるのは、魔獣との遭遇が頻繁な世界では常識だ。万が一身動きが取れないと、死へ直結してしまう弱肉強食な厳しい世界。
携帯する武器を手裏剣と決めた時、師匠が出世払いでいいと揃えてくれた。薬草採取で懸命に稼いでも、一年間働いてやっと1本分という高価な逸品を大人買いした師匠に頭が上がらない。
大人になってクレジットカードやローンを組んだら、こんな気持ちなんだろうか?
朝食後、師匠はいつも通りの格好で出かけていった。
「じゃ、いってくる」
「いってらっしゃい」
師匠が乱暴なしぐさで頭をガシガシ撫でるのはいつものこと。後ろ姿を見送ると、すぐ森の木々に閉ざされ見えなくなった。
「掃除を終わらせたら、調合しよっと」
乱れた前髪をかき上げたら、ブレスレットがキラリと光った。アメジストに似た紫色が、光の加減で淡い桃色にも見えるお気にいり。森で倒れていた時には左手に巻き付くように着けていたらしい。
防御魔法を施してくれた師匠のしたり顔が忘れられない。あの表情は何か知っているんだろうけど、敢えて追及しない。いつか話してくれるか、わたし自身で記憶を取り戻せると信じてるから。
……元の場所へ戻りたいと思わないのは、薄情なのだろうか。
あまり会話もなかった両親やクラスメートを思い浮かべてみる。みんな日々の生活に必死といった感じで互いに意思疎通が欠けていたかもしれない。
虐められていた訳でも苛まれていた訳でもないが、物足りないインスタントな関係性に終止符を打ったような解放感に、満ちあふれた気持ちだった。
マイナス思考に頭をぶんぶん振って、掃除を再開した。
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