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釜戸で焼いたアップルパイが出来上がる頃、師匠が客人を連れて帰宅した。
「福子ただいま。紹介しよう。王都の使者サンダーだ」
居間のソファーにゆったりと座っているのは、気品溢れた男性だった。装飾品をキラキラさせた優美なマントを羽織り、ロングブーツを履いていた。束ねた長髪も瞳も艶やかな深紅で炎みたいだ。
丁寧にお辞儀してから、テーブルにアップルパイと紅茶を置き、自室に戻ろうとするわたしを師匠が引き止めた。
「この男は福子に会いに来たんだ」
すかさず客人が話しかけた。
「初めまして。竜樹の親友で王都の遣いとして話があるんだ。聞いてくれるかい?」
頷いたわたしににっこり微笑んだサンダーが眩しすぎた。無駄にイケメンオーラを放つのは止めて欲しい。
サンダーがアップルパイを口にした途端、雄叫びを上げた。
「旨い!この食べ物は中に果実が入っているじゃないか!」
アップルパイと言っているが、実際はりんごに似た果実を使っていて、乳白色の皮を剥くと鮮やかな赤が現れる。
「おかわりありますよ」
サッと出された2枚の皿に喜びがこみ上げてきた。作ったお菓子を夢中で食べて貰えるのは嬉しい。アップルパイを渡して紅茶を注ぐと、何だか満ち足りた気持ちになった。
紅茶も福子がブレンドしたオリジナル。紅茶の他に幾つか種類もある。アップルパイが甘いので、あっさりした紅茶を淹れていた。
やがてサンダーが満足気に空のカップを置いた。片付けようとしたわたしを制して、真顔になった。
「異世界の者は、必ず王都の宮殿にやってくる。君のような黒髪黒眼の者もいるが、魔獣に似た生物も稀にいる。だが、誰しも到着場所は同じなんだよ」
ここで真剣な眼差しをむけた。
「福子が此処、最古の森に到着した理由は追及しないが、王都に来てギルド登録しなければならないよ。登録すればインフィニティの住人としてギルドの依頼を受けて生活していける。
この旨い紅茶も福子が調合したのだろう?バイヤーとして未登録では困るだろうしな。
本来、生活していく知識や術を王都で行うのだが、君は既に竜樹から知識を得ているし、職種も表れるだろう」
「職種ですか?」
「ああ。適性ある職種でより豊かに暮らすのがインフィニティの理。福子も何かしら反応があるはずだよ」
スッと立ち上がったサンダーの所作が優雅で、つい見つめてしまった。
「では明朝、王都へ行くから迎えに来るよ。わからないことがあれば竜樹に訊いたらいい」
師匠に手を振り、福子の肩を優しく叩いて、サンダーは帰っていった。
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