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師匠が思慮深い表情を浮かべて言った。
「この半年で色々教えただろう?正規のギルドカードを作れば、調合師として生活していける。福子なら大丈夫だ」
ええっ!?このまま師匠と別れるのイヤだ。椅子を鳴らして立ち上がって問い返した。
「もう此処へ帰って来てはいけないのですか?」
急き立てるような言い方が伝わったのだろう。真剣な表情で師匠が腕を引っ張るよう引き寄せ、自身の逞しい胸の内に押し付けた。
「えっ、あああ、あのっ」
ぬくもりが直に伝わってくる。力強い抱擁に戸惑うわたしを見つめる師匠の紫色の瞳が、あまりに強い眼差しで吸い込まれそうだった。
落ち着いた低い声色で囁いた。
「福子。ほとぼりが冷めたらここに戻ってこい。今は俺が福子を縛れない。ギルドマスターには話してあるから、生活に必要なことを学んでこいよ。
王都から巣立ち活躍する異世界人のひとりとして、今まで通り最古の森にいればいい」
戻ってきていいの?ホントに?
「よかった!て、あのっ、たたた助けてくれたご恩返しが途中ですから!」
思わず本音が漏れてしまい、慌てて取り繕うわたしをニヤニヤ見る師匠がちょっと憎らしい。
「福子を待ってる」
胸に響いた師匠の言葉をお守りにしておこう。
「はい。必ず戻ります」
突然の別れに動揺していた心に、師匠の鼓動が旋律のように心地よい。このリズムが福子を安心させるのは何故?
「夕食はロールキャベツがいい」
「わかりました」
師匠の腕から解放されてキッチンで奮闘した。師匠のために作りおきの料理も幾つか用意したかったから。
夕食はリクエストに応えた料理を囲んで、王都のことを聞いた。この半年間、森で生き抜く術を中心に習っていたので、インフィニティの治世や事柄は、最低限のことしか聞いていなかった。
ギルドカード未登録は戸籍や住民票がないのと同じで 何も出来ない現状だったが、正直それどころではなかった。
最古の森は広大だし、師匠の元から自ら離れる気は微塵もなかったし、今でも正直狼狽えていると思う。
慌てて荷造りをする必要はない。魔力に応じた荷物入れの役割をする“カシャ”に必要なものは全て収めてある。採集した薬草などの材料や調合したもの等、常日頃から整理してあった。
いつもなら、食後に寛ぐ時間は王都の宮殿で不可欠だろう舞踏会に備えて、寝る直前までダンスの特訓をした。
ああもう密着するので、終始ドキドキしっぱなしで疲労困憊な夜でした。
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