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馬車に揺られてから一時間半位で、石畳の色合いが変化してきた。モスクのような建築物の屋根の部分がが見えてくる頃には、互いに無言だった。
やがて遺跡のような石柱でできた門を抜けると、町並みが一望できた。
映画のワンシーンみたいに、一瞬で別の時代に訪れたような戸惑いの気持ちが押し寄せてきた。道沿いに店や家が並んでいる。
視線が横へ奥へと広がっていく。
自動車や電車は走っていない。電信柱やネオンの光はなく、看板もシンプルでわかりやすい。
行き交う人達も個性的で、RPGに登場するような姿だ。各自マントやコートを纏っている。足元はブーツかサンダルを履き、腰には剣や杖を携えていた。会社勤め定番のスーツやラフなジャージの人はいない。わたしはブレザーの制服姿だけど、目立ってはいないと思う。髪や瞳も十人十色だった。
物珍しそうに眺める福子にサンダーが話しかけてきた。
「これからギルドの登録をして、夜の舞踏会にご参加して欲しい。王様との謁見も兼ねるし、仲間にも会えるだろう」
「仲間?」
「ああ。福子と似た服装をした男女の異世界人が滞在しているが、未だに独り立ち出来なくて困っている。福子の知り合いなら説得して欲しいんだ」
似た服装の男女なら、校内の池に落ちたときに学校にいた生徒かもしれない。
「わたしに出来ることがあれば、ぜひ協力させてください。でも知り合いではないかもしれません」
「前向きな答えが嬉しいよ。竜樹から福子が現れたことを聞いて、直に会いたかったんだ。俺が接している異世界人と、印象がかなり違ってたんだし」
印象が違うと話したサンダーは、疑問符を投げた福子にナイショ話をするみたいに人差し指を立てて付け加えた。
「我が弟子は毎朝鍛練を怠らず掃除や料理もでき、単独で森での狩りをする実力と調合師としての才能を開花し始めている。バイヤーとして確立させたいからギルド登録させろって言われたんだ」
師匠の言葉に照れて耳を朱に染めた福子の頭を優しく撫でて囁いた。
「あいつが後継者を迎える日がくるとは思わなかった。竜樹を頼むよ福子」
からかい口調なのに、瞳は揺るがない真摯な眼差しだった。
「師匠の元に戻ると約束しました。これからも師匠と暮らしていきたいです」
昨夜、一瞬でも師匠と別れなければならないのかと心身を突き上げた慟哭は忘れられない。例え王都の使者でも師匠の親友に、嘘は言いたくなかった。
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