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序章
――あの雲は、あと一刻もせぬうちに、夕立を降らせてくれるだろう。
ぎらぎらと照り付ける太陽の下、少年はそのことだけを願いながら、土煙の舞い上がる甲州街道の裏道を、ただひたすら歩いていた。
すれ違う人も少ない真夏の昼下がり。
少年が向かう路の先には、紺碧の空を覆うように、もくもくと成長したかなとこ雲が、まっ白く光っていた。
後ろの部分が破れてしまったボロボロの笠を目深にかぶり、何かを大事そうに抱え、俯き先を急ぐ。
目的の家は、甲州街道沿い。日野宿に入ればすぐだと憶えていた。
「もう少しです。副長」
乾いた唇が、そんなことを漏らした。
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