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洋樹に指摘されてもピンと来なかった。それほどに、私の行動は無意識だった。
「……ごめん」
「ねぇ日花里。俺が曽根さんが作った料理食ってたら腹立たない? 日花里は俺に同じことをしているんだよ!?」
洋樹が声を荒げながら私の肩を掴んだ。
洋樹の言いたいことは分かるよ。それほどに洋樹に嫌な思いをさせているってことなんだよね。
だけどね、洋樹。同じじゃないんだよ。全然違うんだよ。だって私は……、
「……同じじゃない。だって私は課長と、キスもハグもセックスもしていない‼」
私は浮気を、していないんだよ。
「……それを言われたら、俺に言い返す言葉なんかないよな」
洋樹の手が、私の肩からするりと滑り落ちた。
「……俺、帰るわ」
唇を噛みしめた洋樹は、俯きながらリビングに戻ると、壁に立てかけていた鞄を拾い上げ、部屋着のままアパートを出て行った。
『パタン』とドアが閉まる音がした瞬間に、その場にへたり込む。
「……ごめん、洋樹。……だって、ずっと悲しいままなんだもん。どうしたら許せるの? どうしたら嫌な記憶を消せるの?」
やるせなく床に這わせた拳の上に涙が落ちた。
自分を心の広い人間だなんて思ったことはないけれど、洋樹に浮気をされるまで、自分の心がこんなにも狭いなんて思いもしなかった。
日に日に、許せない自分のことが嫌になる。
洋樹にあんな顔を、あんな思いをさせたいわけじゃないのに。
洋樹を許せない自分を許せなくなってくる。
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