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家に帰ると、買い物を済ませた母親と玄関の前で鉢合わせた。
「あら、偶然ね。お帰りなさい」
「あっ、母さん。珠子が足を怪我しちゃってさ、消毒液と絆創膏ある?」
「大変! 早く家の中に入りなさい」
珠子の親は共働きで帰りが遅く、昔から輝の母親である亜紀が面倒を見ていた。
「……これでよし。今日もお母さんは仕事で遅いの? 無理に動かない方がいいから夜ご飯食べて行きなさい」
「えっ、あっ、いつもすみません」
「ああ、癒される。女の子って本当に可愛いわ。それに比べ……」
珠子が特別に可愛いんだよと思っていた輝を、座った目の亜紀が見つめる。
「なんだよ?」
「癒されぬ」
「悪かったな! ……うわっ!? 珠子、どうした!?」
振返った輝の視界には、ソファーで膝を抱えて涙を流す珠子の姿が映った。
考えてみれば明らかに異常だった。いくら珠子が内気だと言っても輝や亜紀の前では普通に話す。それが、今は殆ど会話をしていない。それどころかブツブツと呟いて、まるで見えない何かと話している様だ。
「珠子ちゃん、どうしたの? どこか痛むの?」
「……ずっと、話していたんです」
「話していた? 誰と?」
「……私の中に……もう一人の……わた……わら……わらわじゃ―――!」
急にソファーから立ち上がり、珠子が叫ぶ。
輝と亜紀は驚き過ぎて声を出せず、目がテンになって珠子を見つめた。
「亜紀殿と言うのじゃな。珠子から聞いたぞ。丁寧な傷の手当て、痛み入る。それから輝と言う男よ、よく聞け。我が名は細川ガラシャ……明智光秀が三女なるぞ!」
……
……
「た……珠子?」
「細川ガラシャと言っておろうが。まあ、洗礼を受ける前は珠子じゃったから、特別に輝は珠姫と呼ぶ事を許そう。わらわの家臣として存分に働くがよい」
「たまひめ?」
元気一杯の珠子は別人の如く自信に満ち溢れ、何故か神々しさまで感じてしまう。
全く理解が出来ない輝をリビングの隅まで引きずり、亜紀が耳打ちした。
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