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あれ以来、どんな女と唇を交わしても、アイツの唇の青ざめた冷たい感触が思い浮かんで、俺の熱を削いだ。
でも。
彼女の唇は、暖かい。
ここが寒いからなのか、余計にそう感じた。
二度目の春、夏と、寒さを感じない季節が来ても、彼女の唇の暖かさは、変わらずいつも俺を癒した。
仕事は佳境に入っていたが、俺は自分に限界を感じていた。
役場の中での自分の立場は、所詮任期が来ればいなくなるヨソ者だ。
その立ち位置の中途半端さが、町の根幹を変えようとするプロジェクトには、どうしてもマイナス要因として、ついて回った。
今の俺が役場の中でできることは、限られている。
俺は、任期が来たら向こうの市役所を辞めて、ここで役場の外から町の復興を支援できるような、新たな職を探そうと考え始めていた。
そうすればアイツと自然に距離を置いて、
彼女とは、ここで本気で付き合って行ける。
そう考えていた。
短い秋。集落移転のための初めての住民説明会が開かれた。
会場には、彼女の親父さんの姿もあった。
想像していたとは言え、住民の意見は簡単にはまとまりそうになかった。
核心の部分では何も言えない自分が、歯痒かった。
紛糾したあとの会議室を片付けて廊下に出ると、親父さんが待っていた。
「お疲れさん。たまには外で一杯、どうだい?」
親父さんの行きつけだという居酒屋のカウンター席で、ひとしきり先刻の説明会の話をしたあと、親父さんが切り出した。
「うちの娘と付き合ってるんだろう?」
「え!……っ、はい」
突然の質問に、慌てて居住まいを正した俺を、親父さんは笑った。
「はは、そんなにかしこまるなよ、話しにくくなる」
「あ、はあ」
「単刀直入に聞くよ。
君と娘に、一緒に歩く未来はあるんだろうか」
親父さんの目は、まっすぐに俺を見ていた。
俺も親父さんを正面から見て、即答した。
「そのつもりです。
ワシ、春には向こうの役所辞めて、こっちで職探したいと思うてます」
「……それは思い切ったな。こっちで職を探す、って。
君、長男だろう。親御さんは承知の上かい?」
「いや、それはまだ……。
でも親父さんも見たでしょう、今日の会議。派遣のワシじゃあ役場の中じゃ役に立たん。
本気でワシが何かできるとしたら、親父さんみたいに外からの支援じゃと思うて」
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