きっと、また何度でも

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部屋に入ると、中は真新しい畳の香りに満ちていた。 俺はやっと気づいた。 親父さんお袋さんは、俺のためにこの部屋を準備してくれていたのだ。 藺草の匂いに目頭が熱くなり、ごまかすように俺は窓を開けた。 彼女は、俺のジャケットの裾を握りしめ、俺の動く場所動く場所について来る。 まだ電気も水道も通じてない部屋では、涙でグショグショのその顔を洗ってやることもできなかったけれど、 窓から入る、少しだけ冷たい午後の風に、伸びた髪の毛を揺らして俺を見上げる彼女に、愛おしさが込み上げた。 唇を寄せた俺に、応えてくれる彼女との口づけは、 彼女がこの3年間、ただ頑なに俺だけを待っていた訳ではないことを、語っていた。 それでも今。 彼女の唇は、暖かい。 今ひたすらに俺を求めてくれるこの奇跡に、感謝以外の何があるだろう。 唇を交わし、抱きしめ絡ませ合う身体や指先に、俺はこれまで感じたことのない、豊かで満たされた気持ちを味わっていた。 愛している。 あの頃よりも、ずっと。 キスだけですっかりヘトヘトになるほどの充足感なんて、初めてだった。 お互いに肩で息をしながら、それでも離れられず、畳にうずくまって抱きしめ合った。 これからが、俺の最後の贖罪だ。 腕の中の彼女のぬくもりを確かめながら、俺はこれまでの俺の中途半端な生き方を、行動を、 言葉に詰まりながら、 密かに怯えながら、 すべて彼女に話した。 彼女は俺に身体を預け、何も言わず、時々頷きながら聞いていた。 「嫌になったか、ワシのこと」 すべて話し終え、恐る恐る俺は尋ねた。 このぬくもりを失うことが、本当に怖かった。 彼女は、あの頃のままの懐かしい瞳で、俺をじっと見つめていた。 彼女の唇が動く。 「ありがとう。 全部、くれたんだよね、私に」 微笑んだ彼女は、ただ、美しかった。 俺達は、今、二度目の始まりを迎える。 お互いのことも、家族のことも、仕事のことも。 これから先、また俺は迷い、行き詰まるのだろう。 そんな時、きっと俺は今日を思い出す。 俺の中のすべてに届く、懐かしい光。 見えない優しさをくれた同僚達や親父さん達や。 そして彼女のあの、神々しいまでの微笑みを。 そこからまた何度でも、俺達はきっと、始められる。 Fin.
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